福島)被爆69年 戦時中と変わらぬ国 元福島大学長
江戸川夏樹
2014年8月6日03時00分
「人間が制御できないものを動かしてはいけない」。福島市に住む元福島大学長、星埜惇(ほしのあつし)さん(86)は原発と原爆をそう語る。17歳の時、広島で被爆した。全身焼けただれた友人をトラックで運んだこと、川に積み重なった遺体。今でも光景が目に焼き付く。
8月6日午前8時15分。実家がある広島県呉市へ向かう電車が大きく揺れた。窓の外から青い光線が左目にスッと刺さったように感じた。電車は何度も止まったり、スピードを緩めたりしながら駅に着く。空には大きなキノコ雲が見えたという。「気持ちの悪いピンク色で、不吉な気持ちになったことを覚えています」
その日のうちに、爆心地から5キロほど離れた旧制広島高校の寮へ戻った。手から皮が垂れ下がり、砂まみれの人々がうつろな目で道を歩いていた。「声をかけても誰も答えない。まるで私が目に入っていないかのように、振り向きもしなかった」と話す
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