成城大の森暢平准准教授(ジャーナリズム論)のFBからシェアしました。ご本人の承諾をいただいています。骨子は、<1>生前退位は相当無理筋で、実現不可能である<2>マスコミ各社は何でNHKの飛ばしを後追いするのかーーなどです。議論が深まることを期待します。ご覧ください。
〈天皇の生前退位は無理筋の話です〉=以下長文注意
(複数のメディアの皆さんから、コメント、ニュース出演の依頼を受けましたが、お断りしました。その代わりといってはなんですが、私の、独自見解を、ここで申し述べさせていただきます)
NHKが13日午後7時の「ニュース7」で流した生前退位ですが、限りなく実現不可能なお話です。社会部の皆様はぜひよく考えてからニュースをお流しになっていただきたい。
報道では、皇室典範の条文をちょっといじれば、生前退位は実現可能――のように伝えられていますが、果たしてどうなのでしょう。
皇室典範は、天皇は生涯引退できない仕組みになっています。だから生前退位の規定はないです。各社の報道は、ならば生前退位条項をつけ加えれば、それが可能のように言っている。
が、よく考えていただきたい。そもそも皇室典範は第3条で皇嗣(皇太子)が皇太子でなくなる条件として、「精神もしくは身体の不治の重患」あるいは「重大な事故があるとき」と定めています。精神か身体に治ることがない重大な病があったり、不祥事を起こすなどしない限り、皇太子はやめることができない。さらに、第11条は皇族がその身分を離れる条件として「やむを得ない特別の事由」があることを上げています。ところが、三笠宮寛仁親王が1982年、社会福祉活動に専念したいとして「皇籍離脱」を希望したさい、「やむを得ない特別の事由」とはみなされずに、離脱は認められませんでした。すなわち、皇太子も、皇族も「疲れたから」など自分の(勝手な)希望で、その地位を離れることができない。皇室典範とはそういう構造になっている。
だから、天皇が、何がしかの理由あるいは希望でその地位を離れることができる規定を入れるとしたら、皇太子や皇族も、同様に、自分の希望でやめることができるような規定にしなければ、法的な整合性はつかないことになります。
これは、皇室典範の基本コンセプトを変えることになる大幅な改正です。そもそも天皇は職務名であるというよりも、「地位」ですから、「仕事が大変だ」「高齢で職務がまっとうできない」などの理由で、地位から降りることはできないことになっている。それを変えようとするなら、まさに天皇は定年制がある職務にすぎないことになってしまう。
保守派(伝統派)のみなさんが、それを認めると思いますか。すでに、石原慎太郎氏は13日夜のBSフジ「プライムニュース」で、「ショックだ。大変な混乱が起きる。もうちょっと頑張っていただきたい」と述べています。さすがに勘がいい。
このニュースを流した“元凶”NHKの皇室キャップ、橋口和人さんは、午後9時の「ニュースウオッチ9」で、生前退位の方法として、①皇室典範を改正して生前退位を制度化する、②制度化しないでも、とりあえず御意向を実現できるように特別法を制定すると言っていました。これを聞いて、ずっこけた。おいおい。皇室典範という法律があるのに、特別立法(おそらく特措法)で生前退位が実現できると思いますか。そんなことできないのは、法律の世界の常識ですよね。私、これを聞いから、今回のニュースが怪しく思えてきました。
さらに怪しく思う理由は以下です。最初聞いたとき、明仁天皇が「元気なうちに皇位を譲りたいと言っている」というニュースかと思いました(民放のなかにはそうしたニュアンスで伝えたところもあります)。しかし橋口キャップの説明は違う。橋口キャップは「(天皇陛下は)自分の務めを全うできる間は自分で務めを行うというお考えだが、十分にそれができなくなれば、いたずらに位に留まらずに、若い世代に譲ることを考えた。陛下は天皇の務めをそれだけ大切に考えている」と説明しました。すると、NHK的には、元気なうちの退位ではなく、身体が思うように動かなくなったときにそなえての議論であるということになります。
えっ。それなら、退位じゃなくて、摂政という制度がありますやん。天皇に「精神もしくは身体の重患」があれば、摂政を置くというのが現行の制度です。NHKによると、天皇は「代役を立てたりして天皇の位にとどまることは望まれていない」とのことですが、それは許されていません。その場合は、摂政を置くことが決まりなのです。それを曲げてまで、生前退位制度ができるとお考えですか、みなさん。
最後にもう一点。橋口キャップは、「天皇陛下が、記者会見に近い形で、国内外に(生前退位の)お気持ちを表明されることも検討されています」と述べています。そこでの言葉は「象徴としての立場から直接的な表現は避けられるかもしれないが、ご自身のお気持ちがにじみ出たものになる」とのことです。
うそでしょ。橋口さんご存知のとおり、天皇は、政治に関する権能はもっていません。皇室典範を改正するということも、政治の場(国会)で決まることですから、天皇が自分で気持ちを述べたとしたらそれは憲法違反です。そのような記者会見が行われることは絶対にないはずです。
だいたいこのニュース、NHKの特ダネなんですか。皇室記事の飛ばしで有名な『週刊新潮』は6月20日号で、「宮内庁の風岡典之長官が天皇の生前退位や皇位継承の辞退を可能とする皇室典範改正を安倍晋三首相に要請した」って書いています。それで、これについて宮内庁はまさに7月13日、『週刊新潮』編集部に事実無根って抗議している。NHK報道は、『週刊新潮』の後追いに、ありそうにない「近く天皇が意向表明」を加えているだけにも見える。
ここからは、私の予想です(外れたらすみません)。この「意向表明」情報、今日(7月14日)、風岡長官が記者会見で全面否定するはずです。否定しなければ、宮内庁自身が憲法違反になる。
報道ステーションで神田秀一さん(元テレビ朝日宮内庁担当記者)がいいました。「即位されたとき、この国の憲法を守るとおっしゃった方が天皇陛下ですから、(その天皇が自分から)そういうこと(自身の意向)を言われることはないと思います。どこかべつのところから流れたニュースソース(ママ)だと思うんです」。これいい分析です。よくわかっていらっしゃる。識者コメントのなかでは唯一まともでした。(原武史先生、あんまり無理しての推測コメントするのまずいですよ)。
各社さん。「秋篠宮を皇太弟とすることも検討」とか、嘘書いてる暇あったら、もっと勉強してから原稿書いてくれませんか。これ、どこも今日の朝刊の1面でしょ。どうせ。そんなことしてもどうせマッチポンプにしかならないと思いますよ。検討したけど、ポシャった話にしかならないの、確実だから。
皇室記事ではあまり飛ばしのないNHKさんですけど、どうしちゃんたんですかね。NHKがやると、一応、各社、裏取りできなくても、後追いすることになってるみたいですよ、この国のジャーナリズムは。こんなディープな話、すぐに後追いできないに決まってる。横並びだから、飛ばしてもいいって、安易じゃないですか。
以上、社会部さん、宮内庁担当さんの悪口になりました。悪意はありません。私もむかしは、そちら側で飛ばしていましたので。ちょっとしたイヤミです。
追伸 このニュース、NHKさん、31日18時59分にテロップで、「天皇陛下『生前退位』の意向示される 内外にお気持ち表明検討 宮内庁関係者」と流している。原稿の慌てたつくり、橋口記者の非論理的な説明と併せ、じっくり練られたニュースには見えませんね。
追伸②(14日正午)
お問い合わせが多いので、追加します。一番重要な問題は、日本国憲法との関連です。第2条は「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」とあります。これの前半部分の解釈です。つまり「皇位は世襲」と言う表現です。
「世襲」と言うのは、血縁関係にある者に地位、職務を継ぐというのが一般的な意味ですが、日本国憲法の運用上これは、男系男子に継ぐ、それも天皇の死後に継ぐことになっています。これが、現行の憲法解釈です。この「世襲」の概念を、生前の譲位までに広げるということになると、これは解釈改憲ということになります。集団的自衛権と同じことです。憲法は変えないけど、解釈を変える。
それって、もちろん、簡単に(あるいは、時の情勢によって)できることでないのは明らかですよね。もちろん第2条後半部には、国会の議決した皇室典範が定めればいいと書いているから、皇室典範さえ変えればよいと読むこともできる。しかしながら、厳密に言えば、前半部分(世襲)が後半部分を制限しているのであって、「世襲」の範囲を超えた、典範改正はできないのです。
これは、女性天皇問題のときに、密かに法制局が指摘した問題です(誰も活字にしてないと思いますけど)。
要は、単に皇室典範の条文をいじるだけの問題ではなく、果ては憲法の問題にいきつくということです。改憲派の安倍晋三さんは、天皇の「地位」を、「職務」に読み替えるというような、皇祖皇宗に顔向けができなくなるほどの改正を、できますかね。できないと見るのが妥当かと思いますよ。日本会議や神道政治連盟もいますから。
追伸③(14日午後7時)
わたくしの師匠信田智人先生より、「宮崎俊義の全訂日本国憲法では、第二条の解釈として『本条は、かならずしも、天皇が生前に退位することを禁止する趣旨をもつものではない』とありますが、変更が必要だとする解釈は明文化されたのでしょうか」とのご指摘があり、以下のような応答をいたしました。
またまた長文です。
信田先生、ご指摘ありがとうございます。たしかに精緻な議論になっていなかったので、もう一度、かなりくどくなりますが、論を展開させていただきます。
確かに、憲法2条の規定は生前退位を妨げるものではなく、皇室典範さえ改正すれば実現可能であるという考えが、憲法の世界では多数説であるかと思います。実際、昭和天皇の退位は日本国憲法下で検討されていたわけです。ただ、通説と言えるかどうか、微妙なところではないでしょうか。なにせ、この分野の論争・研究は実務者がやってるだけのマイナーな分野なので……(昭和天皇の退位は、そこまで詰めた議論にはなっていない)。
そもそも、「世襲」の規定が、日本国憲法とともに創設されたものなのか、天皇制の歴史伝統を確認したものかについては、当然議論があり、前者の立場に立てば、どんな制度変更も可能なわけです。極論ですが、憲法改正をして、天皇家の世襲でなく、ある別な一族を天皇と呼ぶことも可能になってしまいます。天皇制の議論においては、それはまずいでしょ、やっぱり、世襲規定から導き出せる規範があると考える人も多い(園部逸夫『皇室法概論』)。その方々は、世襲制の具体的な在り方は、一から創設されたのではなく、これまでの伝統や運用を尊重しようということになる。
制憲議会では生前退位を認めよとの議論が両院で有力でした。ところがそうはならなかかったのは、以下のように説明されています。
「退位を認めるとすれば、歴史上に見るが如き、上皇、法王的存在の弊を醸すおそれがあるのみならず、必ずしも天皇の自由意思に基かぬ退位が強制されることも考えられる。また退位が、国会の承認を経ることにしても、天皇の地位にある方が、その立場の自覚を欠いて、軽々に退位を発意され得ることにすることも面白からぬことである。要するに天皇の地位を政争や権勢や恣意あるいは人気の如きものから超越したものとして純粋に安定させるためには退位の制を認めないことにするのがよいと考える。天皇に重大な故障があるという場合には、摂政をおくことによってすべて解決できる。なお天皇の地位が統治権の総攬者から象徴に移ったことも、退位の必要性を減ずるものである。(将来野心のある天皇が現れて、退位して後、例えば総理大臣となり政治上の実験を壟断することも予想できないことではなく、かような例について考えれば、天皇の生前退位を認めることは、憲法第四条1項後段(天皇は国政に関する権能を有しない)の趣旨を骨抜きにするおそれがある)」(「皇室典範案に関する想定問答」芦部信喜ほか編『日本立法資料全集1皇室典範』」)
こうした議論の積み重ねのなかで、憲法が生まれ、皇室典範が制定され、それが70年間運用されている重みは、軽視すべきでなく、それがこれまでの憲法上の「世襲」の解釈に含まれているという考えも、当然にあるわけです。
一方で、そんな解釈はなくて、憲法はただ「世襲」だけを定め、それ以外は自由に制定してよいと考えるひともいる。実際、今後の議論で、それが通説になっていく可能性が強いかもしれません。ただ、女系天皇を含む皇室典範改正に踏み切れず、法制局がまずは女性宮家からとお茶を濁したのも、私の紹介したような解釈に一目置いたからだと思われます。
要は、憲法は「世襲」と書いてあるだけで、その中身は、国会で皇室典範の議論をおこなうだけで良いよいというような、単純な話ではないということが、私のイイタイコトであります。
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