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稲垣メンバー「これがHIROSHIMAですか?」(背後から)
佐村河内「そうですね」
佐村河内(しまった!振り返って手話の人ちらっ)
手話の人慌てて手話通訳
20秒過ぎから
佐村河内、全聾はウソだった
http://www.dailymotion.com/video/x1beaiz_%E4%BD%E6%9D%E6%B2%B3%E5%85-%E5%A8%E8%BE%E3%AF%E3%A6%E3%BD%E3%A0%E3%A3%E3%9F_news
同じく疑問を呈していた、宮本まどかさん
耳の不自由なピアニスト
1960年(昭和35年)静岡県浜松市生まれ。
5歳のときに神経性高度難聴と診断される。
6歳のとき、浜松ろう学校に入学、言語・職能訓練と同時に母親が「音楽」を取り入れ、ピアノを始める。
高校時代には「ピアノコンサート」(浜松)を開催。「日米高校吹奏楽演奏会」にも出演。
1998年には全国12箇所でピアノコンサートを開く。2000年に、「自分流エリーゼのために」ピアノコンサートに出演。関東地区1位、全国2位の「ベストインプレッション」受賞。
「佐村河内守の活動に違和感があった。音を聞くことが出来ないのに、作曲が出来るとは信じられない。裏があるのではと思った」
2014.02.06 19:45 記者 : ソル カテゴリー : エンタメ タグ : kindle ゴーストライター ゴールドラッシュ ソル 佐村河内守 作曲全聾 新垣隆 新潮45 聾唖 電子書籍
今世間をにぎわせる渦中の人物、佐村河内守氏。彼は作曲ができず楽譜も読めないことをゴーストライターを担当していた新垣隆氏が告白。本日14時半から行われた記者会見では、これまでの経緯を質疑応答という形で回答した。
新潮社が1月14日に発売した『「全聾の天才作曲家」佐村河内守は本物か』という電子書籍がある。この書籍は『新潮45』の2013年11月号に掲載された物を一部編集を行い発売。新垣隆氏が告白する以前の話であるが、著者である野口剛夫氏は今回の騒動をほぼ言い当てている。
「現代のベートーベン」と言われ聾唖(ろうあ)者である佐村河内氏の経歴を紹介後に「聞こえている?」という見出しがある。そこの一部を引用させて頂くと次の通りである。
“全聾であるはずの佐村河内氏の発語が健常者と全く変わらぬ自然なものであったことに疑問を呈したコメンテーターもいたし、私もひょっとすると彼は聞こえているのではないかと感じもするのだが、この件の憶測は禁物である”
今日新垣隆氏がコメントしたように「耳が聞こえないと感じたことはない」と発言している。上記文章は『新潮45』の2013年11月号(10月18日)発売の物で既にネットで話題になるかなり前である。しかし関係者の間ではこのような憶測が挙がっていたようだ。
これらの書籍及び雑誌はバックナンバーを購入することができるほか、この記事の部分のみ100円で電子書籍として『Kindle』用に販売されている。全文を読みたい方はそちらを購入して読んで欲しい。
『佐村河内守は本物か』は作曲者の告白前と告白後とで見方が全く変わって来るだろう。告白前は「疑いぶかいなあ」から告白後は「的を射ている」に置換されるだろう。発刊されたのも騒動前だということを念頭においといて欲しい。
※画像は『「全聾の天才作曲家」佐村河内守は本物か』より引用。
毎日新聞 2014年02月02日 00時05分(最終更新 02月02日 00時06分)
ペリー艦隊は1854年、日米和親条約を結んだ後、静岡県下田市に滞在する。食料調達のため小笠原諸島(東京都小笠原村)へ寄ったマセドニアン号は70頭のアオウミガメを捕って入港し、幕府の奉行にもカメ料理を振る舞った▲下田市の了仙寺には艦隊員が大きなカメをさばく様子を描いた絵巻物が残り、血を抜いて肉を砂糖で煮込み、ペリー提督にも出したとの記述もある。古くから煮物や刺し身として食されてきた小笠原のアオウミガメである▲その産卵が史上最多を更新中だ。NPO法人エバーラスティング・ネイチャー(ELNA)の調査によると、父島列島でアオウミガメが産卵のために砂浜を掘って作った巣の数は昨年1982カ所に上り、調査を始めた1979年の16倍に達した。記録更新には小笠原の歴史が関係している▲アオウミガメは海を回遊しながら成長し、約40年後に生まれた場所に戻って卵を産む。さらに約80年の寿命が尽きるまで4年に1度の割合で産卵する。米国の占領下だった46〜68年にカメ漁が廃れ、その間に生まれたカメたちが80年代後半以降続々と里帰りしているというのだ▲一つの巣に産みつけられる卵は約100個。夏から秋にかけ、ふ化したカメたちは砂からはい出し、海へ去っていく。ELNAの分析では昨年ざっと8万頭が父島列島から海に入り、生き残って40年後に戻ってくるのは160頭ほどだという▲8万頭の中にはペリーに平らげられたカメの子孫もいただろうか。今は絶滅危惧種に指定されるアオウミガメが、40年後もその先も帰ってこられる砂浜を残しておきたい小笠原の島々だ。