本来、生きがいってのは、大げさに言えば永遠に普遍な時空を超えたものなんだよ。楽しい経験は、永遠の記憶としてストックされるんだよね、思い出とかいう言葉で、表現されるけど、思い出しただけでも、生きる喜びを感じられるということは、絶対に誰にでもあるハズなんだけど、そういった、身近な生きがい感や生きる喜びの価値観を否定するのが、支配者連中なんだよ。でもって、それにどっぷりつかって、袋小路に入って、ローンに振り回されているのが、我々だよね。日常の何気ないやりとりに、生きる喜びを見いだせない人は、結局は、快楽や、物欲、金銭欲、支配欲、権力欲等に走り、ボロボロになって、ほとんどの場合、寂しくも悲しい悲惨な老後をおくることがほとんどだ。
「何気ないさりげない日常になんらかの生きがいや生きる喜びを見いだせる人は幸いである。
しかし、それが出来ない人は、結局は、自らの欲望を増幅し、その欲望を達成することが生きる喜びの真髄と理解し、終着駅のない欲望という列車の切符を買い、悲惨な人生を歩むことになる」
ラ・ロシュフコー
「賢い人を幸福にするには何もいらない・・
しかし、愚か者を幸福にするものは何もない・・
ほとんどの人が、不幸で惨めなのは、そのためである。」
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