<能楽お道具箱>最小限の象徴 想像力生む 梅若紀彰に聞く簡素な「大道具」作り物
能には大掛かりな舞台装置がありません。いつも空っぽの能舞台から演者や楽器の演奏者が出てきて物語が始まり、終わるとまた何もない舞台に戻る。でも、ときには「作り物」と呼ばれる大道具らしきものも出てきます。ところが、それは普通の演劇の舞台セットとはまるで違っていて、例えば家を表す場合も必要最小限の骨組みだけのような形です。作り物とはどんな存在なのか。シテ方観世流梅若会の梅若紀彰(きしょう)さんが説明します。
「作り物で表すものには、宮殿や舟、山、大石、乗り物、鐘などさまざまあります。竹や布、造花などを材料とした簡素なつくりですが、能の物語が始まり、そこにお客さまの想像力が加わると、とたんにそれらしく見えてくるんです」
確かに、客席で能の世界に陶酔しているときには、舞台上に幻のようにいろいろなものが見えるような感覚があります。
紀彰さんの説明はこう続きます。「現代では、いくらでもリアルに近いセットを作ることもできます。でも与えられるものには限界もあると思うんです。能では、象徴として最小限のものをお見せして、あとはお客さまに自由に思い描いていただくという感じなんです」
能の世界には、裏方と呼ばれる役割の人はいません。だから大道具さんもいない。「作り物は公演のたびに作っているのですが、能楽師の若い書生さん(内弟子)が作っています。複雑な形のものもありますが、だいたいは簡単な形なので、公演の直前に作業をしていることが多いですね」
この日は、能「半蔀(はじとみ)」で出される作り物の材料をバラした状態で見せていただきました。「半蔀」は源氏物語を題材としたお話で、主人公は夕顔という名前の女性の亡霊です。タイトルにもなっている半蔀とは吊り上げ式の戸の名称。半蔀のある家が作り物として舞台に出されます。
材料をひとつずつ見ていきましょう。まず一辺が九十センチくらいの四角い枠が二つ、四本の棒、格子状になった戸の部分。これらはすべて竹です。そして造花のユウガオの白い花や葉、ひょうたん。それから、白く太い包帯のような布もあります。これはボウジと呼ばれるもので、能の作り物ではよく使われます。組み上げた竹にくるくると巻き付けて固定する役割があるようですが、竹と同じような色のほうが目立たないのに、あえて白。視覚的にも効いていますし、空間を清めるような神聖さもあります。
作り物は、能の舞台でしか出合えない造形物。独特の魅力がありますので、ぜひ本物をご覧になってみてください。 (田村民子=伝統芸能の道具ラボ主宰)
<第三回紀彰の会> 梅若紀彰さんの自主公演。十月十二日に東京都中野区の梅若能楽学院会館で開催。能「半蔀 立花供養」(シテ梅若紀彰)、連吟「琴之段」(梅若玄祥ほか)、「安宅(あたか)」、仕舞「二人静」「龍虎」「小袖曽我」「舎利」「鐘之段」。
<「半蔀」の作り物> 「半蔀」では演出によって作り物を置く場所が二パターンある。本舞台の場合と、橋掛りという舞台に向かって左手の廊下のような場所の場合。また、藁屋根(わらやね)を載せたりするほか、門の形にするなど、形状のバリエーションもある。
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